Sweet sorrow  4



今日はコートの整備日だ。部活には行かなくていい。

寝不足の頭を振って窓の外を仰ぎながらリョーマは考えるともなく考えていた。

昨夜、一睡も出来なかった体がだるく、よほど学校を休もうかとも思ったが、結局、家にいるよりは、と登校し、今はもう放課後。

昨日の今日だというのに、どこも変わることなく過ぎる時間にリョーマは軽いため息をつく。

・・・あの後、家に帰ったリョーマはずっと父親相手にテニスをしていた。

自分の相手に飽きた父親が去ってからも、ずっとひとり球を打ちつづけた。

自分の中の見えない何かを振り払おうと、ただがむしゃらに球を追いかけた。

その場に倒れて動けなくなるまで・・・

 

「あの・・・越前君?」

自分を呼ぶ声に顔を上げるとクラスメートのひとりが傍らに立っていた。

 「何?」

 「お客さんだけど。」

 「?」

指をさされた方向を振り返ると、教室の入り口に見慣れた長身の姿を見つけ、はっとする。

 「部・・・長」

手塚が振り返ったリョーマの姿に気付き、その目線を向ける。

 「越前・・・話がある。」

 「・・・・・」

リョーマは無言で手塚を見る。その視線は燃えるように激しい。

 「越前!」

返事もせず動きもしないリョーマに、怒鳴るのではないが、ぴしりと鞭を打つような厳しい声で手塚は彼を呼ぶ。

その迫力ある声にリョーマではなく、周囲の生徒がびくり、と怯える。

「・・・ちょっと待っててもらえますか?」

ややあってリョーマはそう言うと立ち上がり、帰り支度を整え始めた。

昨日のあの場面を見た時から、手塚が自分のところに来るだろうと予想はしていた。

・・・いや、待っていたのかもしれない。彼が来る事を。

 

昨日、あの場から逃げ出してしまった自分にリョーマは苛立っていた。

それは自分でも予想もしなかった行動だった。

普段の自分ならあんな行動は決してしない。

でも、心のどこかで思い描いていた最悪のシーンを目の当たりにして、ただ混乱するのみだった自分。

そしてそれを一番見られたくない相手に見られてしまった。

それがたまらなく恥ずかしくて・・・悔しくて。

でも・・・。

その長身を持て余すように廊下のロッカーに背を持たせかけて立つ手塚。

いつもと変わる事のない落ち着いた態度の彼を見る視線は自然きつくなり、そんな自分にリョーマは軽いため息をつく。

 

とうに決心はついているというのに・・・。




てっきり学校内のどこかで話をするのだと思っていたが、校門を出てどんどん歩いていく手塚にリョーマは訝しげな視線を向ける。

 「話があるんなら早くしてくれません?」

無言のまま自分の前を歩く手塚にリョーマが言う。

 「オレ、用事あるんで。」

しかし手塚はそれに答えずに、どんどん先に立って歩いていく。

明らかに手塚はどこかに向かっているようだ。リョーマは肩をすくめ、それ以上何も言わずそんな手塚に従う。

いくつかの通りを横切り、道を抜ける。そして、現れた大きな交差点の信号がようやく手塚の足を止めた。

「全国の壁は厚い・・・」

「・・・部長?」

いきなりそう呟いた手塚にリョーマは虚を突かれ、目をしばたいた。

「オレはその壁を乗り越えたいと願ってきた。全国を見てみたい、そしてそれを制覇したい、そう思ってここまで来た。」

リョーマの戸惑いに手塚は構わず話し始める。

 「その思いを強くしてくれたのは・・・あいつだった。」

 

 

全国という言葉を最初から強く意識して部に入部したわけではない。

部内を支配する旧体制的なしがらみ、そして確固たる目的のないままテニスをしている部員達に強い不満を感じ、そんな部内に自分の求める物はなく、だったら目を外へ向けよう、初めはそんな思いからだったのではないか。

 

そんな自分と同期の彼は部でもそれほど目立つ存在というのではなかった。

物静かであまり前に出ることをしない、どちらかといえばおとなしい人物。

そしてその華奢な体つきと線の細さは、テニスなどという激しい運動に耐えられるのかと思うほどで。

しかし、その見方はある日をきっかけに大きく変わる。

 

委員会で遅くなり、部活を休んでしまったその日。

1年生の自分が部のコートを遅くから使うのも憚られ、練習場を求めて行った運動場に偶然、彼の姿を見つけた。

 

初めは別人かと思った。・・・いや、確かにそこにいた彼は別人だった。

試合をしている相手は明らかに年上。身体もそれこそ大人と子供ほどの差があって。

しかし、彼は一歩も引かず、その相手を翻弄し、確実に試合を取っていく。

その目つき、雰囲気、そして気迫は、部では見たことのないもので自分は思わず目を見張る。 

“あのコはここではちょっとした有名人だよ”

そんな彼を呆然と見る自分にコートの常連らしい人物が言った。

 “毎日この時間に来て、テニスの試合を誰かれ構わず申し込んでいる。子供だからって初めは馬鹿にしてたんだけどね。それがなかなか・・・”

その常連の言うとおりだった。彼の試合運びは緻密に計算された物で、テニスを知り尽くさなければ到底無理な物であり、底知れない実力を感じさせた。

 

“部が終ってからここに来て練習を積んでいたのか・・・”

正レギュラーでない者が部活終了後、学内のコートを使うのは許されない。

自分は小学生の頃から名を知られていた事もあって、例外としてレギュラー入りを認められはしたが、彼は部の規則に従って、球拾いと基礎訓練に明け暮れていたひとりだった。

彼を見て、自分に歯噛みをしたくなる。

天才といわれて自惚れていたのではないか?

こんな近くにこれほどの実力を持っている人間がいるというのに、それに気付けずに、ただ部内の滞った空気を嘆き、新しい風が吹き込まない部をどこかで軽蔑すらしていた・・・

 

そんな自分に、小さな身体でコートに立ち、真剣に試合をするその姿はとても美しく映り、心に焼きついた・・・

 

「不二君・・・」

・・・試合が終った後、ためらいがちにかけた声に彼はびっくりしたように振り返った。

 「手塚・・・君」

 「知らなかったよ。キミがこんなにテニスが上手いなんて。」

気付くとそう言っていた。思った事をストレートに出す事などめったにない自分が、彼には素直にそう言っていて。

 「君ほどじゃないよ。」

彼はその言葉にちょっと目を見張り、はにかんだように笑った。

 「毎日ここに来てるの?」

自分の質問に少しためらった後に彼は頷き、そして口を開く・・・

 

 

「あいつは言った。強くなりたい、全国で名を知られるほどのプレイヤーになりたい、と。でも、その言葉はあいつにあまりにもそぐわないように思えて、オレは聞いた。・・・どうしてそこまで思うんだ、と。そうしたらあいつは言った。・・・会いたい人がいる、と。」

 

それは今考えれば愚かな質問。今でも聞かなければよかったと後悔している。

でも、彼は少しためらった後に、恥ずかしそうに、でもきっぱりとそう言って。

その視線はとてもひたむきで、綺麗で、さらに自分の目を見張らせる。

見かけからは想像もできないほどの・・・秘めた強さ。

ひとつの思いのためにここまで強くなれる、その彼の芯の強さと情熱に目を見張る思いがした・・・

 

 

「あいつは本気だった。オレに遅れる事数ヶ月、ようやく許されたランキング戦の初戦でレギュラーの座を勝ち取った。全戦全勝という成績でな。そして言った。・・・これで一緒に全国を目指せると。」

 

 

  “これで一緒に全国を目指せるね。”

そう言って自分を見上げた彼に少し驚いて目をしばたくと、

「大石君から聞いたよ?この部を全国に導く、君がそう言ってた、って。」

彼は笑って答える。

 「・・・きっと君なら部を導いてくれる、そう思うよ。」

 「不二・・・君。」

 「君なら信じられる。何があってもね。」

そう言って綺麗に笑う彼に息を呑む。

 

・・・それは初めて他人から言われた言葉。天才と遠ざけられてきた自分に歩み寄ってくれたひとつの言葉。

天才と呼ばれる自分が潰れる事を願う人間達の只中で勝ち進み、その技術を磨いてきた自分。心を許せる人間などいるわけもなくて。でも、それが普通だと思っていた。

そんな自分に何気なく差し出される手。優しい微笑み。細やかな気遣い。

思えば、そんな彼の暖かさが自分の身近にあって。気付けば彼のそんな温もりに包まれていて。

そして、それが驚くほど自分のうつろな部分に優しく染みとおっていた事にようやく気付く。

それはいつかコートで見た美しい姿と重なって・・・初めて胸が苦しくなった。 


“・・・会いたい人がいるんだ・・・”

 

そんな自分にリフレインする言葉。

どんな人? 聞きたかったが、聞けなかった。その事を語った時の彼の目はまるで夢を見るように美しかったから。

 

彼にそんな目をさせるのはどんな人なのだろう・・・?

自分も彼にそんな目をさせることが出来たのなら・・・

「行けるかな?全国。」

 「行こう。」

その時、決心していた。

自分の・・・そして彼の夢を叶えよう。・・・どんなことをしても。

 

 

「でも、あいつは・・・不二はお前を見つけた。お前も、不二を見つけた・・・」

そう言う手塚の声にリョーマははっとする。

いつもと変わらぬ静かな声。でも・・・

「それがわかった時、夢は・・・ずっと追ってきた夢は、あいつが昔思ったものほどの価値を無くしたのかもしれない、そう思った。そうしたら・・・押さえきれなくなった。」

すっと手塚の瞳が細まり、彼は宙を仰いだ。

「・・・気付いたら、あいつを・・・・不二を抱きしめてしまっていたんだ・・・」

 

静かにそう続けた手塚の言葉がまるで悲鳴のようにリョーマには聞こえた・・・

 

・・・立ち止まる交差点の信号が青にと変わり、周りが2人を取り残したまま動き始める。

「・・・で、諦めるんすか?一緒に見てきた夢・・・って奴。」

「・・・いいや。」

ややあってリョーマが尋ねた言葉に、しばしの無言の後、手塚が短く答える。

 「約束だからな・・・あいつとの。」





  “まだ君との話は終っていないから・・・”

 

そう言って自分を振り返り、真剣な面持ちで、不二は何も言わずしばらく自分を見つめていた。

・・・どのくらい時間が経ったろうか、不意に不二がその右手を上げる。

頬を張られる、そう思ったが、自分はその手を遮るつもりはなかった。

ただそんな彼をまっすぐに見つめていて。

 「!」

・・・しかしその予想に反してその手は頬を掠め、そして、ぱちん、という軽い音を立てたのは自分の額。

不二の指先が軽く自分の額を弾いたのみだった事に虚をつかれ、目をしばたく。

「・・・それしかない、なんて言わないで。」

・・・それはいつもの彼の口調だった。自分を見上げる微笑みもいつもと変わらぬ優しい物で。

いつもと変わらぬ彼のまま、不二は諭すようにゆっくりと自分に話し掛ける。

「君が僕にくれた大切な物なんだよ?」

「大切な・・・物?」

  「そう、僕にとっては何にも代え難い大切な物。」

そう言って彼はまっすぐに自分を見る。

 「何があっても一緒に全国へ行こう、そう言ったじゃない?・・・忘れた?」

すっと不二は目を細める。

「僕は忘れていないよ。そしてその気持ちは昔のまま変わってなんかいない・・・少しもね。」

「不二・・・」

「・・・誰にも価値がない、なんて言わせない。・・・たとえ君にも。」 

一呼吸置いてそう言った彼のその言葉は静かな強さに満ちていて。

そして、そう言ってまっすぐに自分を見上げた彼の瞳に思わず目を見張る。

 

「だってみんなと・・・君と見てきた夢じゃない?ずっと・・・」

 

ゆっくりと不二が言ったその言葉は、彼のその瞳の色ごと、深く自分の胸に染み通る・・・

 

・・・君にそんな目をさせるのは・・・誰?

僕にもそんなことができるのなら・・・

遠い日の、自分の思いが蘇る。

“全国へ行きたい。夢を叶えたい。・・・君と見た夢を。”

 

 

「何があっても、全国へ行く・・・。」

その言葉の強さにリョーマは手塚を振り仰ぐと、手塚はまっすぐに前を見据えていた。

遠くを、はるか遠くを見ているその瞳は誰も寄せ付けない強さに満ちていて。今更ながらこの人の深い思いを知る・・・

「・・・不二先輩が、好きなんすね?」

手塚と同じようにまっすぐ前を向いて、リョーマが手塚に尋ねる。

 「ああ」

その言葉に躊躇無く手塚は答えて。

 「オレも好きっす。あの人のこと・・・だから。」

そんな手塚にリョーマも躊躇無くそう言って、軽く深呼吸をし、そして強く言い切る。

 「だから、引かない・・・どんなことがあっても。」



昨夜、眠れない床で考えていた。

不二を抱きしめる手塚の姿、そして自分の名前を叫ぶように呼んだ不二の顔が交互に目の前にちらついて。

その回想に胸が潰れそうに苦しくなりながらも、でも、それでも自分はあの人を見つめていたいのだと悟る。

たとえあの人が手塚を・・・別の人を選んだとしても、自分のこの思いは変わらないだろう。

あの人の傍にいたい。たとえそれがどんなに辛くても。

だから・・・


「用事があるんだろう?行かなくていいのか?」

手塚の言葉にはっとして周りの景色を見れば、そこは見慣れた場所。

いつも不二と別れる交差点。この交差点を渡ってまっすぐ行けば、あの・・・運動場。

リョーマは思わずポケットに入れた携帯を握りしめる。

 

“あの場所で待ってる。”

深夜に入った不二からのメール。そこに打たれていたメッセージ。

初めて2人の出会った場所。お互いの思いを打ちあけあった場所。そして約束の・・・場所。

 

 「不二がお前を待ってる。」

「!」

手塚の言葉に目を見開き、彼の顔を凝視するリョーマ。

「昨日の事は、オレがあいつに仕掛けたことだ。あいつはお前を・・・」

言いかけた言葉を手塚は止めると、 

「早く行け。」

点滅を始める信号機を指差し、リョーマを促す。

「・・・手塚さん。」

言われるままに横断歩道を渡りかけたリョーマは足を止め、手塚を振り返る。

いつものように部長、と呼びかけず、苗字で自分を呼んだリョーマを手塚がじっと見る。

「オレも強くなりたい・・・あんたみたいに。」

リョーマの言葉に手塚の目が見開かれる。

 「いつか必ず・・・追い越しますから・・・絶対」

そう言うとリョーマはきびすを返して横断歩道を一気に駆け抜けていった・・・

 

 

“強くなりたい・・・か。”

その背中を見送りながら手塚はその言葉を胸の内で繰り返す。

 “それはオレも同じ・・・だな”

それとはわからぬ苦い笑みを唇に上らせ、手塚は目を閉じる・・・

 

・・・不二を抱きしめた時、思わず寄せた唇は息まで交わせそうに近い距離にありながら、切なそうに顔を背けた彼の頬を掠めた・・・

 

その儚くて、強い拒絶に、不二の思いの強さを知らされる。

 

“僕は、手塚に会えてよかった、そう思ってる。”

不二はそう言って自分を見た。澄んだ、蒼い瞳で。

“君は僕にとってかけがえのない大切な人だと思っている。それはこれからも変わらない・・・でも・・・”

不二はゆっくりとその瞳を伏せ、俯く。

その拍子にさらり、とこぼれた髪が不二の表情を自分から隔てて。

 

“でも、僕は君より先にあのコに・・・越前に出会ってしまったんだ・・・” 

 

 

・・・気付いた時には遅すぎて、後悔の役にしか立たない気持ち。

でも自分は不二に出会った事は後悔していない。会うべくして会った人だ、と今でも信じている。

 

人の優しさと温もりを教えてくれた人、自分はひとりじゃないと教えてくれた人。

そして人を思うという気持ちを教えてくれた大切な・・・人。

 

手塚は静かに過去を、自分の思いを抱きしめてそう思う。

彼を思えてよかったと思う。そしてこれからもきっと思っていくだろうと。

 

あの光にも似た少年の面影と共に・・・

運動場までを一気に駆け抜けてきたリョーマは、息を弾ませながらテニスコートへと足を向けた。

しかし、Cコートのフェンス前に探しているその姿はなく、リョーマは眉を寄せる。

 

“どこにいるんだろう・・・?”

焦る気持ちを宥めながらリョーマは視線を巡らす。

と、フェンス脇に植えられている少し大きめの木に、持たせかけるように置いてあるスポーツバックが目に入った。

“あれは・・・”

リョーマはフェンス脇に回ってそのスポーツバックを手にとると、再び視線を巡らす。

 

コートから通りを挟んだ向こう側はちょっとした芝生の造りをしている。

その芝生の片隅に、探していた姿を見つけ、リョーマは微笑した。

座っているというより、屈み込んでじっと芝を見つめているその姿にゆっくりと歩みよって。

「何してんすか。」

そう声をかけると眩しそうに自分の顔を見上げる不二。

 「・・・視力鍛錬。」

ゆっくりと立ち上がると、昨日の自分と同じセリフを言って微笑する。

 「君が来るまでにひとつくらい見つけたかったんだけど・・・」

ホント、結構難しいんだね? そう言って笑う不二にリョーマもつられて微笑する・・・

「・・・来てくれたんだ。」

静かに、しかし嬉しそうに言う不二にリョーマはほっとしたように笑った。

「昨日置いて帰っちゃいましたから。」

「・・・そうだね。」

自分の言葉にちょっと笑う不二にリョーマはその表情を改めた。

「・・・昨日、初めて“動揺”って言葉の意味分かった気がする。」

少し前に交わした会話を思い出しながらリョーマは話す。

「それ、あんまカッコいいもんじゃなかった・・・だから・・・」

リョーマが言葉を切り、宙を見つめる。

  「・・・強くなりたい、そう思う。そんな事考えなくてもいいくらいに・・・強くなる。だから・・・」

リョーマがその視線を不二に向けて、その瞳をまっすぐに見つめる。

「だから、傍にいていいっすか?あんたの・・・傍に。」

 

この人の傍にいたい。たとえそれがどんなに辛くても。

それに耐えられるだけの強さ、それを叶えられるだけの力が欲しい。

この人の見るもの、望むもの、みんな見てみたい・・・この人の傍で。

 

だから・・・

 

「・・・僕の傍でいいの?」

ややあって不二が静かにそう問い掛けた。

「また君を悩ませるかもしれない・・・苦しめるかもしれないよ?」

「あんたの傍がいい。あんたじゃないとダメだ。」

「どうして?」

「・・・好きだから。」

リョーマが静かに、強く言った。

「あんたが、好きだから・・・」

  「・・・越前・・・」

 

・・・その言葉に不二がふっとその表情を緩める。

 

「!」

ゆっくりとではあるがリョーマの方に倒れかかってきた不二に不意を付かれたリョーマが、彼の身体を支えながらその場に座り込む。

「ちょっ・・・先輩?」

「・・・ふられちゃうかと思ってたよ。」

同じように座り込み、自分の肩に額を押し当てたままそう呟いた不二にリョーマが目を見開く。

 

昨日、立ち去る背中をどれだけ追いかけたいと思ったか。

でも、自分の誇りと培ってきた友情を放り出していく事は出来なくて。

それだけにひとりになった時は苦しくて、胸が潰れてしまうかと思うほど切なくて・・・

 

  「昨日は・・・眠れなかった・・・」

  「・・・オレも」

 

不二の言葉にリョーマは微笑み、自分に体を預けたままのその背をゆっくりと抱きしめた。

彼の香りを感じながら、その柔らかな髪に頬を埋め、唇を落とす。

 

そっと不二の顔に手をかけ、至近距離で彼の顔を見ながら、その額に、頬に、

そして・・・唇に

 

唇に自分のそれを落とす時、不二は綺麗に笑ってリョーマの首にそっと手を回してきた・・・





  「・・・ねぇ、まだ探すんすか?」

スポーツバックと共に木にもたれかかって座っているリョーマが少々退屈そうに声をかけた。

  「ん、もう少し。」

  「あれはある所にはあるけど、ない所にはないんですってば!」

そんなリョーマの言葉に不二は生返事で先ほどから探し物に夢中だ。

やれやれ、とリョーマが立ち上がり、かがみ込む不二の前にと歩いていく。

  「ねえ、聞いてます・・・」

 「あ!」

不意に不二が上げた声にリョーマは目を見開いた。

「足よけて、足!!」

「え?」

 「早く!」

その剣幕に慌てて右足を上げるリョーマ。

その下をじ・・・と不二の琥珀色の瞳が凝視する。

 「いち、に、さん・・・」

FILAのシューズの下敷きになっていたクローバーの群集。そのひとつの葉っぱの数を数えていた不二の瞳が輝いた。

 「あった!」

不二は子供のようにはしゃいでそのひとつを大切そうに摘み上げる。

 「あ〜、やっと見つけた。」

その指に摘み取られているのは確かに4つ葉のクローバーで、不二は満足そうににっこりと笑う。

 「よく、見つけましたね?」

片足を上げたままの格好を強いられていたリョーマがようやく足を下ろして肩をすくめる。

 「・・・結構、諦め悪いっすね、先輩って。」

 「うん、知らなかった?」

そんなリョーマの言葉にもひどく嬉しそうに笑うと、不二はそれをリョーマに差し出した。

 「・・・貰ってくれる?」

 「え?」

 「昨日のお返しだよ。」

君も幸せになれますように・・・そう言って不二の綺麗な指が差し出した幸福の葉に、ちょっと笑ってリョーマは手を伸ばす。

「効き目あるんすかね?」

「あったよ・・・僕にはね。」

そう言って不二がそっと制服の胸ポケットに手を触れる。そこから僅かに覗くプリントの端にリョーマの目が軽く見開かれる・・・

 

 「オレにも何か紙、下さいよ。」

 「ん?別にいいけど・・・」

ややあって、そうねだったリョーマに不二が自分のバックを漁って、これもテストのプリントを取り出す。

 「古典 95点、か・・・イヤミっすね。」

 「そう?」

これしかなかったんだ、と、さらり、という不二にリョーマは肩をすくめると、ちょっと笑って不二と同じようにそっと大切そうにその葉をプリントにしまい込む・・・

 「・・・先輩。」

 「ん?」

 「・・・ありがとう・・・」

 「どういたしまして。」

リョーマの愁傷な言葉に不二がくすり、と笑う。

 「でも、粗末にすると罰が当たるよ?」

ちょっと目を見開くリョーマをいたずらっぽく覗き込んで。

 「恋人においてきぼりにされるとか・・・ね。」

 「・・・置いてかないよ。もう。」

その不二の言葉に、ぽつり、とリョーマが呟く。

 「あんたのあんな顔、もう見たくないからね。」

 

・・・昨日クラブハウスで見た不二の顔が脳裏をよぎる。それがどれだけ自分の胸を刺したか。

そして、人を傷つける痛みは、自分が傷つく痛みよりもっと苦しい物だと知った・・・

 

だから、半端な覚悟では向き合わない。そう決めた。

 

 「越前・・・」

 「よそなんか向かせない。こっちだけ見ててもらうから・・・あんたには。」

 「・・・やれやれ。」

その自分の発言に、ややあって年上の恋人は軽く両手を上げて苦笑した。

「君には敵わないな・・・」

「・・・テニスもすか?」

 「それは別。」

ぴしゃりと釘をさすように不二が言う。

 「僕に勝つにはまだ早いよ。」

そんな自分の言葉に嬉しそうに笑うリョーマに不二は目を細めて。

 

光を無くす不安は消える事はないけれど、それでも離れることなく傍にいよう、そう思う。

胸の奥にあるいくつかの痛み。それが疼く時もあるだろうけれど、でも、その痛みを忘れないように大切に持って・・・






リョーマと並んで木の根元に腰を下ろすと、ためらいがちにそっと彼が肩を抱き寄せてくる。

まだ、自分の肩幅を完全に抱き寄せられないその腕に不二はちょっと笑って、リョーマの肩にと頭をもたせ掛けて空を仰ぐ。

空は初めて会った時のように、眩しく美しく晴れていて。

その陽だまりの暖かさと、頭をもたせかけた肩に安心感と軽い眠気を覚えた不二は、そっとその瞳を閉じ、彼に寄り添う。

そんな不二の髪に頬を寄せ、リョーマも目を閉じる・・・




僕の手に君が手を伸ばす・・・

僕はその手を捕まえる。

思いが途切れないように、夢を無くさないように。しっかりと握りしめる。

誰を傷つけても、たとえ自分を・・・この人を傷つけたとしても。

この手を離さぬように・・・

偶然出会った僕達は、必然的に恋をした。
君を、あなたを見た時からこの手を重ねあうために・・・



                                                               Fin

 






  これも勢いで書いてしまったお話で、手塚の怪我の真相がまだ何もわかっていなかった頃(昔だなぁ・・・)書いたものです;;                                                
私はこれでも手塚ファンですが、それにもましてリョ不二至上主義ですので、なるべく手塚をかっこよく書きたいと思って手がけました。これを書きたいがためにSweet glowでのリョーマと不二の出会いを2年前にしたという;;                                                                                                                
これらの話は手塚に対してリョーマがずいぶんへっぽこ(!)になってます。この頃は最初からリョーマが大人の話は書きたくないと思っていたんですよ。つまずいて、戸惑って不二と一緒に大きくなって欲しいな・・・と思っていたので。原作が終わった今、リョーマはそんな可愛いコちゃんではなかったのはようくわかったんですが;;                                               
あと、あの当時手塚がどうして全国にこだわるのか、というのが同人センサーに引っかかっていたんですよ。手塚がリョーマに”柱になれ”宣言したのもオレの代わりに不二を頼む、と言ってるんだ!手塚×跡部戦で手塚があんなに無茶したのも不二との約束をオレなりに貫くぞ!それがオレの愛なんだ!!とか思っているんだ、と想像し、悶えた記憶が・・・ 何だか思い出がつきないなあ・・・